労務問い合わせ対応の91%削減に成功した、AIチャットによる業務効率化事例

コラム
労務問い合わせ対応の91%削減に成功した、AIチャットによる業務効率化事例

はじめに

KanataのAIチャットで、労務・総務への社内問い合わせ対応を91%削減した事例を紹介。社内規程やFAQを活用したAIヘルプデスク構築の手順と成功ポイントを解説します。

伊藤 辰也

伊藤 辰也

AIコンサルタント

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Third Scope Asia PTE. Ltd.

1985年生まれ、三重県出身。 2012年、エンジニアとして香港のARスタートアップに参画。以後、複数のAIベンチャーにて新規事業開発やAIサービスの立ち上げに従事。 2018年には、AIサービス及びその開発チームを引き継ぐ形で、現サードスコープ設立。AIを活用した事業開発、業務改革、プロダクト開発支援を中心に、企業のAI導入・活用を支援。東京大学の特任研究員としてAI研究に携わった経験も持ち、現在もAIプロジェクト開発の前線で、技術とビジネスの両面から実践的なコンサルティングを行っている。

「有給の残日数はどこで確認できますか?」
「この申請フローはどの資料を見ればよいですか?」

このような労務や人事、総務といった社内からの問い合わせへの対応に、多くの時間を取られていませんか?

 

この記事を執筆しているサードスコープ社内でも、生成AI技術の登場前までは社内FAQではカバーしきれない業務コストが発生していましたが、現在では組織内の労務・総務に関する問い合わせ対応の91%がAIチャットで即時に解決するようになりました。
とはいえ、サードスコープ社は本記事執筆時点で従業員数が60名程度のため、効率化できた業務時間は平均で月間30時間程度です。そこで本記事を執筆するにあたって、社員500名規模のKanataのモニター企業様(本記事内ではムーン社と称させていただきます)にご協力いただきました。

 

本記事では生成AI業務支援サービス「Kanata」のAIチャットを活用し、ムーン社では、社内規程・FAQ・申請マニュアルをAIチャットから参照できるようにした結果、労務・総務領域の問い合わせのうち91%がAIチャットによる一次回答で解決したとされています。
総務・労務部門では、同じような質問への対応が繰り返されることで、本来注力すべき業務に時間を割けないという課題が発生しがちです。
読者様の社内問い合わせ対応を効率化し、バックオフィス業務の負担削減に繋がれば幸いです。

 

なお、本記事における「一次解決」とは、社員がAIチャットの回答を確認し、追加で労務担当者に問い合わせることなく、申請・確認など次の行動に移れた状態を指します。数値はムーン社へのヒアリングに基づく概算であり、導入効果は問い合わせ件数、社内規程の整備状況、運用ルールによって変動します。

労務問い合わせがAIチャットと相性がよい理由

労務・人事・総務領域の問い合わせには、主に3つの特徴があります。

第一に、質問内容が繰り返されやすいことです。有給休暇、勤怠修正、経費精算、住所変更、育児・介護休業、入退社手続きなど、社員から寄せられる質問はある程度パターン化されています。

第二に、回答の根拠が社内規程や申請マニュアルに存在することです。担当者の経験や勘に頼るのではなく、「どの規程に何と書かれているか」を参照すれば回答できる問い合わせが多くあります。

第三に、問い合わせの発生タイミングが分散していることです。社員は、自分が申請や確認をしたいタイミングで質問します。担当者が会議中、外出中、休暇中であっても、社員側の疑問は発生します。

このため、労務問い合わせは、AIチャットによる一次対応と相性がよい領域だと考えられます。AIチャットが社内規程やFAQを参照して即時回答できれば、社員は担当者の返信を待たずに手続きを進めやすくなります。一方、労務担当者は定型的な問い合わせ対応を減らし、制度設計、オンボーディング改善、組織課題への対応など、人が判断すべき業務に時間を使いやすくなります。

ムーン社が抱えていた6種の課題

ムーン社では、社員数の増加に伴い、労務・総務部門への問い合わせが増えていました。

特に多かったのは、以下のような質問です。

問い合わせカテゴリ 具体例
勤怠 打刻漏れをした場合、どこから修正申請すればよいですか?
有給休暇 有給の残日数はどこで確認できますか?半休は使えますか?
経費精算 タクシー代は精算できますか?領収書を紛失した場合はどうすればよいですか?
各種申請 住所変更、扶養変更、結婚・出産時の手続きはどこから行いますか?
休業制度 育児休業・介護休業の申請期限や必要書類を教えてください。
社内ルール 副業申請、出張申請、備品購入の承認フローを確認したいです。

これらの多くは、すでに社内規程やマニュアルに記載されていました。しかし、社員側から見ると「どの資料を見ればよいのか」が分かりづらく、結果として労務担当者への個別問い合わせが発生していました。

また、労務担当者側にも課題がありました。質問のたびに、就業規則、勤怠マニュアル、経費規程、申請フロー、社内FAQなど複数の資料を確認する必要があったためです。

さらに、質問者によって表現が異なるため、従来のFAQやキーワード検索だけでは対応しづらいケースもありました。たとえば、「有給の取り方を教えてください」と「来週午前だけ休みたいのですが、どう申請すればよいですか?」は、どちらも休暇申請に関する質問ですが、表現が異なるため同じ回答にたどり着きにくい場合があります。

Kanata導入で行ったこと

ムーン社では、KanataのAIチャットを「人事・労務問い合わせBot」として運用することから始めました。

Kanataでは、AIチャット、AI要約、eラーニングなどのアプリを目的に応じて利用でき、プロジェクトごとに利用者、データ、アプリを整理できます。また、プロジェクトライブラリ上で、AI設定、よく使うプロンプト、AIに参照させる学習データを管理できます。

ムーン社では、人事・労務専用のプロジェクトを作成し、その中に問い合わせ対応用のAIチャットを設置しました。

1. 社内規程・FAQ・申請マニュアルを学習データとして整理

まず、AIが参照する情報を整理しました。

登録対象にしたのは、主に以下の資料です。

登録した資料 用途
就業規則 勤務時間、休暇、休職、服務規律などの確認
勤怠管理マニュアル 打刻修正、残業申請、休暇申請の操作案内
経費精算規程 精算対象、上限、領収書、承認フローの確認
出張旅費規程 交通費、宿泊費、日当、出張申請の確認
育児・介護休業関連資料 制度概要、申請期限、必要書類の案内
各種申請フロー 住所変更、扶養変更、慶弔、備品購入など
よくある質問集 過去に多かった問い合わせの回答例

重要なのは、資料を単に登録するだけではなく、AIが参照しやすい状態に整えることです。

たとえば、古い規程と新しい規程が混在していると、AIが古い情報を参照する可能性があります。そのため、ムーン社では資料名に改定年月を入れ、最新版が分かるようにしました。

例:

  • [規程] 就業規則(2026-04)
  • [規程] 経費精算規程(2026-04)
  • [FAQ] 勤怠・休暇に関するよくある質問(2026-04)
  • [マニュアル] 勤怠システム操作ガイド(2026-04)

このように資料名と管理ルールを統一することで、古い資料の差し替えや月次棚卸しを行いやすくなります。

2. 「分からないときは分からない」と答えるルールを設定

労務問い合わせBotで特に重要なのは、AIに推測で回答させないことです。

労務や人事制度に関する案内は、誤ると社員の不利益につながる可能性があります。申請期限、休暇の取得条件、経費精算の可否などを誤って案内すると、後から修正対応が必要になる場合があります。

そこでムーン社では、AIチャットに以下のような回答方針を設定しました。

あなたは当社の人事・労務ヘルプデスクです。
回答は、登録された社内規程・FAQ・申請マニュアルに基づいてください。
規程や資料に明記されていないことは推測で答えず、「規程上の根拠が確認できないため、人事労務担当にご確認ください」と回答してください。
回答には、参照した資料名・条項・該当箇所をできる限り併記してください。
専門用語は、社員にも分かる平易な表現に言い換えてください。

AIに「必ず答えさせる」のではなく、「答えてよい範囲」と「人に確認すべき範囲」を明確にすることで、運用上のリスクを下げました。

3. 問い合わせ導線をAIチャットに集約

次に、社員の問い合わせ導線を整理しました。

導入前は、社員が労務担当者へ直接チャットしたり、総務チャンネルで質問したり、上長に確認したり、社内ポータルから資料を探したりしていました。この状態では、同じ質問が複数の場所で発生し、担当者の見落としや重複対応が起こりやすくなります。

そこでムーン社では、「労務・総務に関する一般的な質問は、まず人事・労務問い合わせBotに聞く」というルールを社内に周知しました。

ただし、すべての問い合わせをAIだけで完結させるわけではありません。制度判断が必要なもの、個別事情があるもの、個人情報や機微情報を含むものは、従来どおり担当者に直接相談する運用にしました。

4. AIが答えられなかった質問を月次で改善

導入後、ムーン社が重視したのは「AIが答えられなかった質問」の確認です。

AIチャットは、最初からすべての質問に正確に答えられるわけではありません。むしろ、答えられなかった質問は、社内ナレッジを改善するための材料になります。

ムーン社では、毎月以下の観点で問い合わせログを確認しました。

確認項目 改善アクション
AIが回答できなかった質問 FAQや規程への追記を検討
回答はしたが分かりづらかった質問 プロンプトや回答フォーマットを修正
同じ質問が繰り返されたもの 社内ポータルやオンボーディング資料にも反映
個別判断が必要だったもの 「担当者へ相談すべき質問」として分類
古い資料を参照しそうになったもの 学習データの差し替え・削除を実施

この改善サイクルにより、問い合わせBotは単なるチャット窓口ではなく、社内FAQや規程整備を継続的に改善する仕組みとして機能するようになりました。

導入後の効果

ムーン社では、導入後、労務・総務領域の問い合わせのうち91%がAIチャットによる一次回答で解決したとされています。

また、導入前後の問い合わせ件数と平均対応時間をもとに、担当者の対応時間を以下のように試算しました。

項目 導入前 導入後
月間問い合わせ件数 約1,200件 約1,200件
担当者が直接対応する割合 100% 9%
AIチャットで一次解決する割合 0% 91%
1件あたり平均対応時間 約14分 直接対応分のみ約14分
担当者の月間対応時間 約280時間 約30時間
削減時間 約250時間

※上記はムーン社へのヒアリングに基づく概算です。実際の削減時間は、問い合わせ件数、1件あたりの対応時間、社内規程の整備状況、AIチャットの運用ルールによって変動します。

月間約250時間の削減は、1日8時間稼働で換算すると約31営業日分に相当します。ただし、これは「労務担当者約1.5人分の稼働が完全に不要になった」という意味ではありません。定型問い合わせ対応に使っていた時間の一部を、制度改善、個別相談、オンボーディング整備など別の業務へ振り向けられるようになった、という位置づけで捉えるのが適切です。

社員側にとっても、問い合わせの待ち時間が短縮されました。月末の経費精算締切前、勤怠締め日前、新入社員の入社直後など、問い合わせが集中しやすいタイミングでも、一般的な質問であればAIチャットから即時に回答を得られるようになったためです。

成功のポイント

ムーン社の事例から見える成功要因は、単にAIチャットを導入したことではありません。重要なのは、AIが正しく答えられる状態を作ったことです。

ポイント1:対象領域を絞る

導入初期から、あらゆる社内問い合わせに対応させようとすると、運用が複雑になりやすくなります。

ムーン社では、最初の対象を「労務・総務に関する定型問い合わせ」に絞りました。具体的には、社内規程やマニュアルに答えがあるもの、申請手順を案内するもの、繰り返し発生するものをAI対応の対象としました。

一方、個別事情の判断が必要なもの、ハラスメント相談、メンタルヘルスに関する相談、懲戒や労務トラブル、法的判断が必要な相談は、人が対応する領域として切り分けました。

ポイント2:社内資料をAIが参照しやすい形に整える

AIチャットの回答品質は、参照する資料の状態に大きく左右されます。

同じ内容の資料が複数ある、最新版が分からない、部署ごとに申請フローが異なる、古いPDFが残っている。このような状態では、AIも安定した回答を出しにくくなります。

ムーン社では、古い規程やマニュアルを整理し、最新版の資料名に年月を入れ、FAQをカテゴリ別に分けました。また、「担当者に確認すべきケース」も明記し、AIが回答すべき範囲と人に引き継ぐべき範囲を分けました。

ポイント3:AIの回答ルールを明文化する

労務問い合わせでは、「それらしい回答」ではなく「根拠のある回答」が重要です。

そのため、ムーン社では以下のようなルールを設定しました。

  1. 登録済みの規程・FAQ・マニュアルを根拠に回答する
  2. 参照元がある場合は、資料名や該当箇所を示す
  3. 資料に明記されていない場合は、推測で答えない
  4. 個別判断が必要な場合は、担当者への相談を案内する
  5. 専門用語はできるだけ平易に説明する
  6. 個人情報や機微情報の入力を求めない
  7. 社外秘・未公開情報に該当する内容は扱わない

このルールにより、AIチャットは「何でも答える窓口」ではなく、「社内規程に基づく一次回答窓口」として運用されました。

導入時の注意点

労務問い合わせ対応にAIチャットを活用する際は、便利さだけでなく、情報管理と責任範囲にも注意が必要です。

特に、住所、家族構成、健康情報、口座情報、マイナンバーなどの個人情報・機微情報は、AIチャットに入力させない運用が必要です。個人情報保護委員会も、生成AIサービスの利用にあたり、個人情報の取扱いに注意するよう注意喚起しています。
参考)生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について

また、AIを業務で利用する際は、リスク管理、透明性、人による確認などの観点も重要です。総務省・経済産業省が公表した「AI事業者ガイドライン」でも、AIの安全安心な活用に向けた考え方が整理されています。
参考)AI事業者ガイドライン(第1.0版)

労務領域では、育児・介護休業など法改正の影響を受ける制度もあります。厚生労働省は、育児・介護休業法に関する制度情報や改正内容を公表しているため、AIに参照させる社内資料も、最新の法令・社内規程に合わせて更新する必要があります。
参考)育児・介護休業法について

導入ステップ

生成AIで労務問い合わせBotを立ち上げる際は、以下の流れで進めると運用しやすくなります。

  1. 過去1〜3か月分の問い合わせを棚卸しする
  2. 勤怠、休暇、経費、出張、入退社、住所変更、扶養変更などのカテゴリに分類する
  3. 問い合わせ件数が多く、規程やマニュアルに答えがあるものからAI対応の対象にする
  4. 古い資料や重複資料を除き、最新版の社内規程・FAQ・申請マニュアルを登録する
  5. 回答ルールを設定し、根拠がない場合は推測で答えないようにする
  6. 一部部署でテスト運用し、回答精度やエスカレーションの妥当性を確認する
  7. 全社展開後も、月次で問い合わせログを確認し、FAQや学習データを改善する

まとめ

労務・人事・総務部門の問い合わせ対応は、企業規模が大きくなるほど負担が増えやすい業務です。一方で、その多くは、社内規程、申請マニュアル、FAQに基づいて回答できる内容でもあります。

ムーン社では、KanataのAIチャットを活用し、社内規程やFAQを参照できる人事・労務問い合わせBotを構築しました。その結果、労務・総務領域の問い合わせの91%がAIチャットによる一次回答で解決し、担当部署の月間対応時間は約280時間から約30時間に減少したとされています。

ただし、AIチャットは労務担当者を置き換えるものではありません。定型的な確認業務をAIに任せることで、人が対応すべき相談や制度改善に時間を使いやすくするための仕組みです。

成功のポイントは、対象領域を絞ること、社内資料をAIが参照しやすい形に整えること、推測で答えないルールを設定すること、個人情報や機微情報を扱わない運用にすること、そしてAIが答えられなかった質問をもとに改善を続けることです。

労務問い合わせ対応の91%削減に成功した、AIチャットによる業務効率化事例
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